たぶんか便り

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【団体インタビュー 010】NPO法人多文化共生リソースセンター東海①

2017年11月18日 21:49 by tabunka_tokai

たぶんか便り第10号は当団体、NPO法人多文化共生リソースセンター東海5周年を迎えるにあたり、代表理事の土井が団体の歩みや思いを語ったインタビュー記事と、設立から支えてくださっている役員からのメッセージを2回に分けてお届けします。(聞き手:ボランティア、佐宗希恵) 

多文化共生に興味を持ったきっかけ、団体を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

実は、多文化共生の活動をしようと思ったことは今まで一度もないんです。僕は「学習者」として外国の文化や習慣・考え方を知ることに興味があったので、いつか海外で日本語教師として働きながら各国のことを学ぼうと思っていました。大学卒業後、ボランティアで日本語教室に関わるようになり、そのうちの1つに愛知県豊田市のNPO法人保見ヶ丘国際交流センターが主催する日本語教室がありました。その教室の目的は日本語の学習の場の提供だけでなく、集まった人が接点を持ち、相互理解を深めていくことでした。そういう教室に初めて出会い、すごく面白くて、自分はこういうことがしたいのだと気づきました。

そして2005年3月、そのNPOで防災の研修会が開かれ、講師として田村太郎さん(NPO法人多文化共生センター大阪・代表理事)がいらっしゃいました。阪神淡路大震災が起きた当時、外国人が困っている状況を知って支援活動を行っていたということを伺った時に「君がしていることは多文化共生というものの中の1つだよ」と言われたんです。自分の中で、視点が日本語教育から多文化共生に広がったのはそれからです。

団体立ち上げに向けた動き

その頃、これからの外国人支援を考え、若い世代で中間支援組織をつくるというプロジェクトが動き出していました。2007年12月と2008年1月に行われた懇談会に僕も参加し、翌月から設立準備会がはじまりました。どのような団体をつくるか・・・、個人的には、誰かが仕事として本当にやりたいと思った時に一緒に仕事としてやれるようなプロの団体にしたいと思いました。その当時は僕もボランティアでしたが、ボランティアでしかされないことは継続が難しいと思っていました。また、中間支援組織として、現場の人が円滑に活動できるようなサポートや、この地域で求められていることは何か、全員で意見を出し合いました。僕も最初は背伸びしながら、その背伸び部分が見えないように勉強していましたね。

2008年10月、正式に団体として認められる際、僕が代表になりました。ただ、僕は代表として団体を立ち上げたわけではないので、自分が関心をもってここにいたら代表という立場が回ってきたという感覚です。同世代で同じような関心を持っていて、かつ、求められていくものをつくるからこそ参加して、現在も続いているのだと思いますね。

活動で大切にしていることは何ですか?

代表になってから、大切にすることが変わってきました。代表でなければ、みんなが楽しく関われるということをいちばんに考えていたかもしれません。たくさんの人が関わっているため、その人たちが楽しく気持ちよく活動できることはとても大事だと思います。むしろ、それがないと団体は成り立たないので。でも代表としては、それを最優先するわけにいきません。なぜなら、極端な言い方をすると、その人の自己満足につながるだけで終わってしまうと意味がないと思うからです。取り組む側の想いとしてはすごく大事だと思っています。でもリソースセンターは、困っている人たちの課題を改善し、こうなればいいなという希望が少しも叶えられることに存在意義があると思っています。

そのため、今いちばん大切しているのは、リソースセンターを必要としている人の気持ちや願いですね。東海地域は広て課題が多くありますが、団体のメンバーは少ないため、すぐに課題がなくなるとは思っていません。でも、以前はほとんどいなかったボランティアが増えたことも、逆に言えば、団体がなければそういう機会さえなかったということですよね。リソースセンターがあったから関心を持ち、多文化共生を考える人が増えていることは感じているので、今行っていることには多少なりとも意味があると思っています。

毎年開催している外国人コミュニティの紹介イベント

設立から5年、どのような変化を感じますか?

特に感じる変化は2つです。1つは、この地域の人材や情報、お金、物、場所など、「地域の社会資源」であるリソースを集めて、必要とされた時に紹介できる団体になったことです。リソースセンターには毎日、いろんな相談がきます。5年間続けてきて、それに対して答えられることが増えたのはすごく意味があると思いますね。だから、相談に答えていくことにはすごく時間をかけます。

もう1つは、多文化共生に関する仕事やそれに関わる団体で活動することを志望する人が増えていることです。ここ2年間ほどで立ち上がった団体をみると、特に東海地域だからこその変化を感じます。幼いころ外国から日本にきて、サポートを受けながら頑張ってきた子どもたちが大学生・社会人になり「自分の経験を生かして何か役に立ちたい」と起ちあげた団体がいくつか。それは代々日本生まれ・育ちの人が外国人をサポートするのとは全く違うと思います。団体としても個人としても、いかに余計なお節介やサポートをせず、どの程度の距離を置いて関わっていくかを考えていますね。

5年で何かを成し遂げたわけではありませんが、次の大きな課題が出てきたことは感じています。現在の中高生が大学生になるこれからの5年間は、さらに課題が生まれると思います。それはすごく大事で、健全なことです。そういう人たちが経験を生かせる仕事をしたいと思った時に叶えられる社会をつくっていくことが僕たちの役目だと思います。

研修会等への講師派遣件数も年々増加

5年間共に活動されてきた方々へ一言お願いします。

リソースセンターには基本的に、代表、副代表、事務局長の3人しかいません。でも3人だけでやれたことは何もなくて、何かある度に誰かに協力してもらっての5年間です。本当に感謝の一言です。協力してくださった方々も、その当時はリソースセンターのメンバーの一員でしたし、事業が終わり別の仕事をしながら協力してくださる方、つながりを持ち続けてくださる方も本当に多いので、関係を続けていきたいと思っています。そして、何かあればこちらからもお手伝いをして、一緒に働かせてもらえればありがたいです。

現在のメンバー3人は、多文化共生へのかかわり方や立場、バックグラウンドが全く異なります。そのため、当然なのですが、目指していることや活動での優先順位が1つにはなりません。外国人だからという理由で差別偏見を受けることのない、逆に日本人にも彼らとかかわる機会が当たり前にある社会をつくりたいという気持ちはみんなもっています。大枠は共通しているので、今まで山あり谷ありあっても崩れずにきたのだと思います。でも、プロジェクトを進めるにはものすごく細かい部分まで考えていかなければならないので、共通認識や価値観の共有はしていきたいです。特に、これだけボランティアや事務局スタッフがいたら組織の運営を考えていく必要があるので。

おそらく、これからは今までと違う点でぶつかりあうことが増えると思います。行き過ぎないようにお互い配慮しながら、仲良くやっていきましょう!

最愛のスタッフと5周年を祝って 

*この記事は、2013年12月発行『たぶんか便り』第10号の記事を元にしています。本文内の情報はすべて、発行当時のものです。 

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