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【個人インタビュー 010】細谷レックスマーク賢治さん

2018年05月25日 10:27 by tabunka_tokai

人がかかわるムーブメントを起こしたい

細谷(ほそや)レックスマーク賢治さんは8歳のクリスマスの日に来日しました。来日後すぐ、小学校2年生の3学期に日本の公立学校に編入。学校ではただ一人の外国人だったからか、なかなか友達ができませんでしたが、おしゃべり好きな性格が功を奏して日本語を覚えるのは早かったと言います。高校卒業後、就職したレックスさん。荒れた時期もありましたが、現在は仕事の傍ら音楽活動や多文化共生を広める活動に積極的に参加しています。そんな人間味溢れる魅力的なレックスさんにお話を聞きました。

ブラジルと日本の狭間で

近年、親子関係がうまくいっていないという人からよく相談を受けるというレックスさん。小学生の頃は、ブラジルと日本の2つのルールの中で迷うことも 多かったと言います。「家の中ではブラジルのルール、学校では日本のルールを守るように言われましたが、中には相反するものもあって選択するのが難しかったです。」と、家庭・社会・学校でそれぞれ周りから言われることが異なり、何が正しいのかわからなくて悩んだそうです。「それから、家の中でみんなが笑ってくれたことを学校で話しても誰も笑ってくれなかったり、学校で楽しかったことを家で話しても理解してもらえなかったりしました」とも。

自分の芯をつくるもの

今では日本語もポルトガル語も流暢に話すレックスさん。普段の生活は日本語 で送ることが多いにもかかわらず、ポルトガル語も保持しています。「来日してからずっと、家の中ではポルトガル語を話しています。自分をここまで育ててくれたのは親ですが、 教育は兄姉の影響が大きいです。幼い頃、兄姉にポルトガル語が下手だと言われて悔しかったんです。でも、その時の悔しさかがあったから今でもポルトガル語が話せるのかなと」。

小学校3年生の時には、レックスさんの“芯”をつくる出来事があったそうです。「プールに行ったとき、順番待ちをしていたら、上級生に『横入りをした』と言われてぶつかられました。泣きながら兄のもとに帰ると、『何でやり返さずに帰ってきたんだ』と怒られました。兄は、僕が何でも誰かに助けてもらえると思わないように指導してくれていたんですね」。

ブラジル人?日本人?

思春期になると、自分はいったい何人(なにじん)なのかと思い悩んだと言います。ブラジルよりも日本での暮らしのほうがずっと長い。ブラジルのことは知っていることも多いけど、8歳までしかいなかったので知らないことも多い。転機が訪れたのは、23歳でカナダに留学したときでした。「カナダに行って、いろいろな人種の人に出会って、これまで思い悩んできたことが解消されました。帰ってきてから、自分は日本人でもブラジル人でもない“地球人”だと思うようになりました。自分が何人(なにじん)かは誰かが決めるものではなくて、自分自身が決めるものですから」。

マイナスをプラスに変える

レックスさんは、警察からの職務質問など、外国人ということで嫌な思いをさせられたときでも丁寧に対応するようにしているそうです。「少しでも外国人の印象を良くしたいので、『大変ですね』と労(ねぎら)いの言葉をかけるようにしています。『外国人だからって、どうして差別するんだ!』と言い返しても何も良くなりません。来日当初、デパートに行った時『外国人が入店しました』というアナウンスが流れていました。でも最近は、テレビを見ていても好感度が高い外国人やハーフも多く出てきています。変わってきているなと感じます」。

同胞への想い

8年ぐらい前から、多文化共生関連のイベントに積極的に参加しているというレックスさん。「日本人がこれだけ一生懸命関わろうとしてくれているのに、外国人はどこまで日本人に心を開こうとしているのだろうかと思うことがあります。日本社会から与えられているものに、外国人がどのくらい反応できているのでしょうか。日本人は謙虚で、頼んだことはやってくれるという性質があり、ブラジル人は自発的だけど、お願いしたことを聞いてくれないという傾向があると思います。ここは日本なので、外国人が自分たちから日本社会に入っていく努力は必要だと思います。時々、日本人の支援者から『外国人の子どもたちのために教育を変える必要はありますか?』と聞かれますが、外国人だけのためにする必要はないと思います。日本人の子どもも含めての改善なら必要だと思いますが。ただ、外国人の親への教育は絶対に必要だと思います」。

見えない壁

日本人と外国人の間にある“見えない壁”を取り払うために、日本人がすることはないと言うレックスさん。「強(し)いて言うなら、を作らないこと。ダブルリミテッド(注)になっている人の多くは、“逃げ道”があったのだと思います。 大人になると、乗り越えないといけないことはたくさんあります。子どもの時に簡単に“逃げ道”を与えないことが大事です。その時は苦しくても、あとから振り返ると良かったと思える時期が必ずやってきます。“逃げ道”はいりません」。

(注)「ダブルリミテッド」とは、2つの言語どちらも年齢相応の言語能力がついていない状態のことで、「セミリンガル」と言われることもあります。

The TOKAI Branch of the "GAIJIN"

2013年2月、当事者の声を発信することを目的に、レックスさんは仲間とともにグループ「The TOKAI Branch of the "GAIJIN"」を立ち上げました。7月には「多文化わかものカンファレンス」という外国にルーツをもつ若者と日本人が話し合い、交流するイベントを開催しました。「コミュニティ内は似たもの同士です。コミュニティの外の人と友達になり、何をするでもなく、そばにいることが大事だと思います。交流会に来てくれた日本人の高校生が、『最初は本当につまらないと思ったけど、今は楽しい。来てよかった。こうした交流会が必要ない世界になればいい。日常からこうした関わりはできるんだから』という高校生の言葉を聞いて、僕の目指す社会はこれだ!と思いました」。

(注2)詳しくは、http://bit.ly/2A9E3sK をご覧ください。

適材適所

「たくさんの人を見ていると、一人でも多く助けたいと思ってしまいますが、 似たような経験をしていない人が当事者を説得するのは時間がかかります。日本人がダブルリミテッドの子どもや外国人を支援するのも簡単ではありません。最近は、中間に立つ人(両方の文化や気持ちがわかる人)が増えてきているので、その子たちの活躍をサポートしてほしいです。みんな、自分の経験や体験を活かしたいと思っていますから」。

多文化共生社会に向けて

外国人には、もう少し日本人を理解しようとする気持ちを持ってほしいと語るレックスさん。「はじめは、日本人がお葬式のあとにみんなでワイワイお酒を飲むことが理解できませんでした。どうして人が亡くなったのに楽しそうにするのかと。しかし、理由を聞いてからその考えを理解できるようになりました。相手を理解しようとすれば、『なんで◯◯人は〜』と言われても気にならなくなります。むしろ自分のことを相手に説明したくなります。いつか趣味の話のように、気軽に自分のルーツを話せるようになると良いと思います」。

理想の社会を実現するために

「音楽活動をしたり、多文化共生の集まりに参加したりしていますが、共通するのはそこに“人間の輪”があることです。人と人のつながりがいちばん大事で、人とかかわり、コミュニケーションをとり、仲良くなる。そんな、人がかかわるムーブメントが起こせたらいいなと思います。多文化共生に関心がある人もない人も、いろんな人たちをつなげていきたいです。制度が変わっても革命が起きても、人間は変わりません。こうした地道なことの積み重ねでしか人は変わらないんです。僕は損得を考えずに、どんなことにも興味を持って、どんなに嫌な人でも一度は仲良くなってみようと思って暮らしています。外国人だからではなく、人間として仲良くしてほしいです。一度試してみてダメならやめればいいのだから。試さないで諦めるのは、人生を損していると思います。向き合って喧嘩をした分だけ、人は仲良くなれるのですから」。

レックスさんのこれからの暮らしを陰ながら応援しています。

*Last ArlmAはすでに解散していますが、こちら( http://bit.ly/2AarJse )で視聴できます。

*この記事は、2013年12月発行『たぶんか便り』第10号の記事を元にしています。本文内の情報はすべて、発行当時のものです。 

 

 

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