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【個人インタビュー016】玉城エリカさん

2020年07月09日 15:48 by tabunka_tokai

名古屋市港区にある九番団地で活動するNPOまなびや@KYUBAN。ここで外国にルーツを持つ子どもたちの支援に携わり、家庭では発達障がいのあるお子さんを育てていらっしゃる日系ペルー人の玉城エリカ(Erika TAMASHIRO)さんに、日本での子育てや発達障がい児の支援環境づくりについてお聞きしました。

 

―来日当初のことを教えてください。

最初に働いたのは東京の工場でした。一日中働き通しでしたが、正社員並みの待遇で働くことはとても楽しかったです。その後、名古屋で派遣社員として働きましたが、人を大切にしない会社だったため、2か月で辞めました。当時の私には人材派遣がどのようなものかといった、働くための知識もありませんでした。

その後、夫と出会って結婚し、小さなアパートで暮らし始めました。お風呂はなく、トイレも共同という古いアパートでしたが、自分で借りて住むということに安心感がありました。家の近くの工場を通りかかった時に求人チラシを目にして、「私を雇ってください」と言って働かせてもらえることになりました。その工場には、障がいを持つ方もたくさん働いていて、とてもいい会社でした。とてもいい会社でしたが、会社の事情で辞めることになりました。

次の転職活動の時、名古屋に外国人向けのハローワークがあることを知り、そこからの紹介で、ある工場で働き始めました。その工場で働いていた時に、第1子を妊娠しました。

(中学生時代のエリカさん。前から2段目、右から6番目)

―妊娠や出産に関する日本の制度等の情報は、どこで知ったんですか?

工場で一緒に働いていた40〜50代の女性がとても親切にしてくれました。子どもができた時、母子健康手帳があることや、地域の保健所で相談できること、妊婦向けの講座やヨガ教室のことなどを教えてもらい、自分でも調べるようになりました。

私はこれまでも行く先々で、自分の仲間を見つけてきました。その人が外国人を好きか嫌いかはすぐにわかります。もし嫌いでも、それはその人の考え方なので、時間をかけて仲を深めていけばいいと思っています。

(ペルー料理講座では講師として活躍)

―日本での子育てで、どんな苦労や難しさがありましたか?

地域の中でつながりをつくっていこうと考え、PTAや地域行事にも参加しました。その中で、例えば子育てに関する価値観などの違いを感じることもありました。

日本人の親は「友達が持っている」から子どもに何かを買ってあげたりすることがありますが、我が家では、「友達が持っている」からということは理由にしません。子どもに「どうしてそれが欲しいのか?自分はどうしたいのか?」をいつも聞いてから買うかどうかを決めていました。

(地域の防災訓練では、「NICやさしい日本語カルタ」を紹介)

―お子さんの障がいに気づかれたのは、いつごろですか?

子どもの発達に違和感を覚えたのは、1歳半ごろでした。手がかからない大人しい子でした。下の子はすぐに泣いたり感情を表現するのに、お兄ちゃんはそうした姿が見られないということがおかしいなと感じ始めていました。小児科や保健所に相談しても「問題ない」と言われました。

自治体で設置している子どもの発達相談窓口では「発達の遅れではなく、日本語とスペイン語の2言語による混乱ではないか?」と言われました。発達障がいを診断する時の指標の一つになる「指差し」もできたため、発達障がいであることがわかりにくかったんです。

TABOネットの外国人SNS利用状況調査の様子)

―その後、どのように子育てをされたんですか?

日本にいても、長男について感じていたことへの答えは見つけられないと思い、ペルーに帰国して診断を受けることにしました。ペルーに住む親戚が、医療機関を探してくれて診断を受けられることになったんです。

日本では「発達障がいではない」と言われ続けていたのに、ペルーではあっさりと「この子は発達障がいですね」と診断を受けました。ペルーには親戚がいてサポートを受けられる環境もあったため、そのままペルーに残り小学校まで療育を受けることにしました。

 

(エリカさん親子も登場されている名古屋市「多文化共生推進ビデオ」)

―発達障がいという診断を受け、どのような気持ちになりましたか?

妊娠中の2011年9月11日にアメリカで同時多発テロが起きて、その悲惨なニュースを見ることによるストレスが子どもの発達障がいにつながったのではないか、自分のせいではないかと思い、落ち込んだ時もありました。

ペルーでの療育で、子どもは随分と成長したと思います。自分一人の世界でいることが好きな息子でしたが、先生の「今はこの世界が楽しいということを教える時なんだよ」という言葉を心に留めて子どもと向き合いました。 

(絵本の読み聞かせイベントでは、毎回スペイン語担当として引っ張りだこ)

―小学校入学時には、どんなことを心がけていたんですか?

療育はペルーで受け、その後は日本の学校に通わせようと考えていたため、小学校入学前に日本に戻ってきました。まず、校長先生と教頭先生に、息子の発達障がいのことやペルーでの療育のことを伝えました。先生はとても丁寧に話を聞いてくださり、息子が学校の中で学ぶための環境を整えてくれました。息子が通っていた小学校には、発達障がい児や外国にルーツがある子のためのクラスはありませんでした。

担任の先生は「簡単なスペイン語を教えてほしい」と言って、それをクラスに掲示物として貼りました。息子は、わからないことがあるとパニックになってしまうのですが、そんな時、先生は息子に「お手伝いさん」という役割を与え、先生の横に座ってプリントを配ったり、黒板を消したりするサポート役として息子に接してくれました。息子を一人の人間として尊重するという先生の態度があったから、息子はクラスメイトに疎外されることもありませんでした。 

 

―その後、特別支援学級に入ることになったきっかけは?

幼少期をペルーで過ごしたため、日本語の習得もできておらず、普通学級で学ぶことは息子のためにならないと感じました。先生から特別支援学級をつくるというお話を聞いて、2年性から特別支援学級に移動しました。発達障がいの子どもを持つ親自身が、子どもを特別支援学級に入れるということをよく思っていないケースがあると聞きますが、私はその子にとって必要な配慮を受け、成長していくための環境を選ぶことが大切だと考えています。その選択の一つが、特別支援学級だと思います。

大切なのは、親が調べる力を持つことだと思います。親自身が子どもの成長に必要なことを調べる、できる限りいろいろなことを知ろうとすることで、子どもの発達障がいについての捉え方も変わっていくと思います。早いもので今春、長男は養護学校に通う高校2年生になりました。これから進学や就職について考えていくことになります。社会とどうつながっていくのか、ということがとても気になっています。

NPOまなびやKYUBANには、どうやって出会ったんですか?

偶然NPOの活動場所の前を通りかかったのがきっかけで関わることになりました。私は、気になるところを見つけると自分から飛び込んでいくタイプで、そういうことが全然苦になりません。周りの子どもたちを助けることは自分の子どもを助けることにもつながっていくのだという思いから、NPOの日本語教室のお手伝いをするようになりました。

(まなびや@KYUBANで子どもたちと遊ぶエリカさん)

その頃リーマンショックが起きて、街には困窮した子どもたちが溢れていました。外国にルーツのある子どもたちが、ちょっとした日本の学校の文化を知らないことで、学校が子どもにとって学びと成長の場になっていないということを目の当たりにしてきました。5年生になってもひらがなやカタカナが書けないなど、発達に問題があるのではないかと思う子どもたちもいました。

私は、子どもがその時にやりたいことをやる、目標に向かってがんばることは、その子の将来を拓いていくと思います。大学や専門学校に進学する子は少なく、ライフプランを考えるための情報が不足しています。子どもが「モデルになりたい」、「サッカー選手になりたい」といった夢を持つ時、最初から周りの大人が「無理だ」と言ってしまうと次につながりません。子どもたちの思いを大切にできる社会であってほしいです。

―最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

「子ども主体の社会」をつくることを考えてほしいと思います。

外国人の親が子どもを顧みず、働き通しになってしまう状況でも、親の責任だけが問われがちです。子どもに目を向けられない親の責任ではなく、人を機械やモノのように扱う企業の意識や労働環境が、親が子どもと過ごす時間を奪っていると思います。

親も心にゆとりを持ち、お金よりも子どもの人生が一番大切だと気づくことができれば、日本語や日本社会のことを学んで、ここで生きるために必要なことを知ることができるのではないでしょうか。子どもたちに必要なのは、モノではなく「関係性」だと思っています。

親との関係性、助けてくれる周りの人々との関係性の中で子どもたちが育っていけるようになることが私の願いです。

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