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【個人インタビュー 003】ナオミちゃん&天義くん&あつこ先生

2018年04月15日 19:04 by tabunka_tokai

外国にルーツを持つ若者たちの挑戦

部活動でにぎわう土曜日の朝、体育館の中にあるミーティングルームで外国にルーツをもつ二人の若者、ボリビア出身のバエニ・ナオミちゃん(以下、「ナオミ」)と中国出身の井出天義くん(以下、「アッキー」)にお話を聞きました。二人はこの3月までY中学校に通っていました。中学校では日本語適応教室(日本語学習のための取り出し授業)で勉強していました。中学の途中から来日したにも関わらず、懸命な努力の末、二人ともめでたく高校に進学することができました。

(左:天義くん、中:あつこ先生、右:ナオミちゃん)

今回はお二人に、ライターからの質問に答えていただくインタビュー形式でお伝えします。

 

ー 二人とも中学校の途中で日本に来たんだよね。来たばかりの時はどうだった?

ナオミ:すごく怖かった。初めて学校に来た日は、日本語がわからなくて、怖くて泣いた。どうしよう、帰りたい、ママー!って。先生に「みんなの前で日本語で自己紹介をして」と言われて、すごく不安になった。「私はボリビアから来ました」とか、文章は先生に教えてもらったけど、言うのはとても怖かったの。授業が始まったときは、何もわからないし、どうしよう〜と思った。みんな日本人の中、私だけ外国人で。

アッキー:俺は楽しいなーと思った。母さんが話す日本語は聞いたことあったけど、日本人が話しているのは聞いたことがなかったから。聞いてみたかったし、とても楽しみだった。みんなの日本語を聞いてたら、「すごい!俺もこういうふうになるのかな」と思った。困ったけど、おもしろかったよ。 

― しばらくしてからは、どうだった?

アッキー:教室では授業を聞いても何もわからないし、クラスメイトが何を言っているのかもさっぱりわからなかったから、学校は行きたくなかった。もう辞めようかと思った。日本語がわからないから部活もさぼってたし。でも日本語適応教室に入ってからは、日本語を勉強して生活にもどんどん慣れてきた。それまでは日本語ができないから、勉強はしなかった。今は先生の言うことが全部わかるようになったけどね、勉強したから。

ナオミ:私も日本語が全然しゃべれなくて悩んだ。勉強もだけど、友達ができなかったから、2年生までは欠席が多かった。日本語が難しいから、学校に行きたくないと思ってた。でも3年生になって、「夢をかなえるために勉強したほうがいい、頑張った方がいい」と思って、ちゃんと学校に行くようになったの。

 ― 日本に来る前は、学校や勉強はどうだった?

アッキー:学校は好きだった。勉強もよくできるほうだったし。小学生の時はトップのほうだったんだ。でも中学生になったら反抗期で勉強しなくなって、下に落ちたけどね。寮制の学校で、日曜の夜から金曜の午後まで学校にいたの。家が近い人は家に帰るけど、俺は家から学校まで60kmぐらいあったから。バスでも1時間以上かかったし。あと、小学校1年から6年までずっとローラースケート部に入ってた。ローラースケート大好きだから。でも日本に来てからはやる場所がなくて、もう2年半くらいやってない。

ナオミ:ボリビアも学校はすごく楽しかったよ。勉強も大丈夫だった。みんなに頭いいねって言われてたんだよ。ボリビアは日本と違って(100点満点じゃなくて)70点満点なんだけど、いつも65点とかだった。

― 高校にはずっと行こうと思っていたの?

ナオミ:ううん。中学校2年生までは、ただただ(ボリビアに)帰りたかった。でも3年生になってから、将来に向けてもう少し勉強しないといけないと思い始めて、日本語適応教室で勉強するようになった。小児科のお医者さんになる夢があるからがんばれた。6歳のころからの夢なの。子どもが好きだから。

― 6歳のころから夢があったんだね。何かきっかけがあったの?

ナオミ:うん。前に、いとこが遊んでたときに、足をケガしちゃったことがあったの。病院で手術室に一緒に入って、お医者さんが足を縫ってるのをずっと見てた。その時、私もやりたいなー、私もいとこを助けてあげたいなーって思ったの。子どもはよくケガをするから、助けてあげたいって。 

― 手術をずっと見てたの!?すごいね!

ナオミ: うん。自分がケガしたときもすごく怖かったけど、ずっと見てたよ。ちょっと怖いけど、私もやってみたいなーって。いつもそう思ってた。

アッキー:えー!俺は血とかみたらすぐ力が抜けちゃう。

― アッキーは、どうして高校に行こうと思ったの?

アッキー: みんな行くでしょ?俺はパイロットになりたいから、ちゃんと勉強しないと絶対だめ。日本に来る時に初めて飛行機に乗って、こんなに大きいものがどうやって飛ぶんだろうって思ったんだ。もう一つは、日本語適応教室の先生が前に飛行機の運転席に入ったことがあって、そこから空を見るときれいだよって教えてくれたんだ。それを聞いて俺も絶対見たいと思った。1回だけじゃなくて、毎日見たい。それで「将来パイロットになろうかな」って家族に言ったら、いいねって。親も、パイロットになるんだったら高校3年間ちゃんと行って大学もちゃんと出て、パイロットの学校に入れって言ってるんだ。自分の夢のためにやるしかない。 

― 高校生活はどう?

ナオミ:すごく楽しい。中学校よりもちょっと簡単。今、数学はパソコンの数学(注:単元「数値計算とコンピュータ」)を勉強してるんだ。初めて見るやつ。英語はすごく簡単。今は中学校英語のおさらいをしてるから。

アッキー:俺が学校でいちばんビックリしたのは「体育」。火曜日しかないんだけど、12時半から15時半までずっとあるの。それが終わったら部活もあるから、火曜日は昼から夕方までずっと運動なの。家に帰ったら筋肉痛で動けない。力入れたら痛いし。

― 楽しそうだね。最後に、何か伝えたいことはある?

ナオミ:外国から来る子どもたちは、親に連れられて一緒に日本にやってくる。自分の意志ではないけど、それでも勉強をして、夢を叶えたいという想いを持っているの。そういう想いをもっとわかってもらえるといいな。 

 

二人へのインタビュー終了後、Y中学校日本語適応教室の竹内あつ子先生にもお話を伺いました。

外国にルーツを持つ生徒たちは、一人ひとりの事情がそれぞれ異なっています。学校の勉強のことや生活相談など、すべて問題も原因も違いが大きいのでサポートが難しいですね。どうしたらそれぞれの生徒にあったサポートをできるかが考えどころです。高校進学に関しても、はじめから選択肢が限られている場合があります。経済的な理由もあって公立高校に進学させたいけれど、日本語がまったくわからないところからスタートしているので成績的にとても難しい。ナオミとアッキーたちの学年は、公立の定時制高校や高校卒業の資格がとれる専修学校などへの進学を目指すことになったけど、合格することができてよかったです。本当によくがんばったと思います。

彼らが高校に進学したことで、後輩にとってもいい刺激になっています。例えば、ボリビア出身の中学2年生の生徒で週8時間、適応教室に通っている生徒がいます。去年は「どうせボリビアに帰るから勉強はしない」と言って不登校気味だったんですが、今は「高校に行きたい」と言って真面目に学校に通っています。彼女はボリビアと日本を行ったり来たりしているために、ボリビアでの基本的な勉強も日本の学校の勉強もあまりできていません。おもしろいことも夢もない、というような子だったんですが、定時制高校進学という夢ができてよかったです。先輩の努力が後輩を導いているんです。

表では反抗的な態度をとっていても、本人たちはわからないことだらけの中で必死に闘っています。先生がいないときに泣いているから、周りの人はそのことに気づかない。大人が子どもたちのことをもっともっと理解して、歩み寄ろうという姿勢が大切だと思います。

 

*この記事は、2011年5月発行『たぶんか便り』第3号の記事を元にしています。本文内の情報はすべて、発行当時のものです。

 

バニエ・ナオミちゃん(ナオミ)
ボリビア出身。日本で生まれ、すぐに一家でボリビアに。中学1年生のとき再来日し、Y中学校に編入。卒業後は県内の公立定時制高校に進学した。笑顔がとてもステキ。

 

井出 天義くん(アッキー)
中国出身。2年半前に来日。中学1年生の2学期からY中学校に編入。卒業後は名古屋市内の専修学校に進学し、大学進学を目指して勉強中。ボソッとおもしろいことを言う。

 
竹内 あつ子先生
Y中学校教諭。去年から日本語適応教室の担当として、ナオミちゃんやアッキーを受け持つ。熱い心で日々、生徒と向き合っている。

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