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【個人インタビュー 008】張雅婷さん

2018年05月25日 10:34 by tabunka_tokai

張雅婷(チョウ・ヤーティン)さんは台湾から来た留学生。6年前に名古屋に来て、現在は名古屋大学大学院で日本文学を学んでいます。大学院では主に、外国人日本語作家のリービ英雄について研究しているそうです。学業以外でも、通訳・翻訳ボランティアに参加したり、当団体のニュースレター『たぶんか便り』の制作に創刊号から関わるなど、積極的に活動しています。そんなヤーティンさんに、これまでの6年間をどのように過ごしてきたのか、将来にどのような展望を持っているのか、お話を伺いました。

 

日本語との出会い

なぜ日本語を学ぶことになったのですか?

私は台湾の大学で日本語学科に入り、それから10年以上日本語を学んでいます。日本に留学しようと思って日本語を選んだわけではなかったのですが、運よく留学の機会に恵まれました。1回目の交換留学では、大阪で1年間過ごしました。その時には、2回目の留学をすることになるとは思っていませんでしたが、大学院への進学が決まり、名古屋に来ることになりました。 

日本語で苦労したことはありますか?

初めて日本に来たときのことを今でもはっきり覚えています。一緒に来るはずだった友達が飛行機に乗り遅れたため、私が先に関西空港に到着しました。学校から迎えに来てくださった方に、友達が遅れてくることを伝えようと日本語で話したのですが、まったく理解してもらえず通訳の方を呼ばれてしまったことが悲しかったです。今では自分の研究とも関係していますが、読んでいる本も半分以上が日本語の本で、日本人の友達もできました。

日本語を学び始めてからの10年間は、あっという間でした。私は日本語で書くことが好きです。特に好きなのは、ひらがなとカタカナと漢字を組み合わせて書くことの美しさです。研究しているリービ英雄の影響を受けているのかもしれません。他の国にはない日本の独特な表現や文化を感じます。また、日本語の表現の繊細さが好きです。例えば、「はっきり」、「明確」、「明らか」といった同じ意味を持つ言葉の多さや、雨の降る音の「ざあざあ」や「しとしと」などの擬音語はとても魅力的です。日本文化を表す言葉遣いにも魅力を感じます。例えば、「ご迷惑をおかけします」という言葉や、「そうですね」等の相槌からは、日本人の丁寧さや思いやりが感じられます。一方で、「遠慮」を表す言葉に困惑することもありますが…。

日本語を学んでいて最も苦労したことは、アクセントと小さい「つ」の発音です。アクセントは、台湾の言葉を話すときのような“上がり下がりする話し方”を直すのに苦労しました。小さい「つ」の発音は、初級日本語の発音の授業で「サンドイッチ」という言葉を何度も繰り返し練習しました。 

台湾から見た日本

日本のどんなところが好きですか?

日本人は古いものを、お金や時間、労力を費やしてでも保存しようとします。そこが好きです。また、些細なことなんですが、いいなと感じたことが最近ありました。バスに車いすの方が乗って来られた時に、運転手さんが一度降りてその車いすの方の乗車を手伝っていたのに感銘を受けました。台湾の私の町では、車いすの方は補助をしてくれるヘルパーさんがいないとバスに乗れません。

 

台湾と日本ではどのようなところが違うと思いますか?

小さなことでは、日本人は麺類を食べる時、すすって音を出して食べます。おいしく食べるために音を出すということが、いまだに理解できません(苦笑)。

大きな違いでは、日本人はきちんと一つ一ひとつのプロセスをとっているという点が台湾と異なります。日本人は、これをクリアしたら次はこれというように着実に進めます。そしてもう一つ、日本人は曖昧ですね。会議などでよく「そうですね、、、まあでも、、、そうですね、、、」という会話を耳にします。この言葉の後ろの「、、、」が何を意味しているのか、今でも理解できない時があります。はっきり言わないのは優しさだと捉えることもできますが、会議の場では時間が長くなります。慣れていないからかもしれないですが、日本人の空気を読むところが、私は辛く感じます。しかし逆に、中国人など他の国の友達と話している時は、表現が直接的すぎると感じることもあります。台湾はその中間という感じです。また、私は日本人の「遠慮」という文化も理解できません。自分の意見があれば直接言い、相手の意見も聞いて、お互いに率直に言い合うことができればもっと良いのになと思います。

(第4号に登場した当団体の外国人スタッフたちと) 

日本での経験を生かして

将来は日本と台湾どちらで暮らしたいですか?

私にとって家族のいない日本は、長く暮らしていくには厳しい場所です。私は心の強い人間ではないので、将来的には台湾に帰りたいと思っています。そして台湾で、日本と台湾の友好関係を発展させる活動に携わっていきたいです。 

台湾で、日本語を使った活動をしていきたいということですか?

はい。これからも日本語から離れたくないと思います。例えば、私が日本と台湾それぞれの良いところを日本語で書いて、情報を発信するなど、日本や台湾のことをもっと多くの人に理解してもらいたいという気持ちがあります。

台湾だけでは狭いです。私は日本語を通して「世界」を見ることができました。そういう日本語で見た世界を、翻訳を通して今度は台湾の人に伝えたいです。例えば、南米やアフリカに対して多くの日本人が支援しています。そういうことを台湾の人にも伝えたいです。「日本語から日本を見る」ではなくて、「日本語から世界をみる」。これが、日本語を勉強していて良かったなと思うところです。私はほとんど日本語で世界を見ています。

 

多文化共生社会の実現に向けて

多文化共生社会を実現するためには何が必要だと思いますか?

やはり、一人ひとりの力です。例えば日本政府が「はい、今日から外国人を助けましょう」と言うよりも、一人ひとりが自分のできることをすることが大切だと思います。私は日本語と母国語である中国語が話せます。現在、それを活かせる通訳ボランティアをしています。少しずつ個々のできることが積み重なって、多文化共生社会へと繋がっていくのだと思います。小さなことの積み重ねで、お互いの文化について納得しあうことができるのだと思います。 

- ボランティアにはもともと興味がありましたか?

台湾にいた時、台湾語や中国語が話せないにもかかわらず、東南アジアから多くの移民が労働力として来ていました。高校生の時はそのような人たちに対して偏見を持っていました。しかしその後、留学などを経験し、自分がマイノリティになったからこそ、マイノリティの辛さが理解できるようになり、その人たちに何かしてあげたいと思うようになりました。ところが、彼らの言葉がわからなかったため、当時は何もしてあげられませんでした。そういった経験から、受け入れ側として台湾が、どのように多文化共生社会を実現していくのかを研究したいと思いました。日本に来てからボランティアを経験し、日本語を活かして中国人を助けたり、自分が外国人として見た在日外国人の状況をこのニュースレター等に執筆したりすることで、少しずつ自分のできることがわかってきました。通訳ボランティアでは、弁護士の通訳として今までに3人の中国人女性を助けることができました。嬉しかったです。

(ニュースレター取材中のヤーティンさん) 

― 最も印象に残っているボランティアは何ですか?

私は、日本語が話せない等の理由で困っている外国人を助ける活動をしている組織でボランティアをしています。そこで1年半以上、中国人女性の通訳をしてきました。その女性と初めて会った時に、仕事の最中に事故に遭ってしまったけど会社側に適切な対応をしてもらえなかった、ということを聞きました。そのような事情を知ってしまったら、途中で通訳をやめることはできません。一つの訴訟は、一度だけで終わるものではありません。その後も、女性や弁護士の通訳を続け、近々やっと良い結果がもらえそうなので、自分自身頑張ってきたなあと嬉しく思っています。

 

ヤーティンさんは日本での留学を本当に良い経験だったと語り、何度も「ぜひ外国に行ってください!」と留学を勧めてくれました。しかし日本に住んでいる外国人の中には、日本が好きで望んで来ている訳ではないという方もいると思います。そのような方にも日本に来て良かったと思ってもらえるような、暮らしやすい社会になってほしいと思いました。そのためにはヤーティンさんの言っていたように、自分ができることを継続して行うことが大切なのだと感じました。台湾でのご活躍も楽しみにしています。

 

*この記事は、2013年2月発行『たぶんか便り』第8号の記事を元にしています。本文内の情報はすべて、発行当時のものです。

 

 

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